BIPSのワークショップに参加したせいか、今「からだ」についていろいろ思いを巡らせている。
こころとからだは別物ではなく、お互い密接につながりあっている。
ということは、周知のことだ。
「落ち込んだときは、上を見てみよう」
「寝ながら、いろいろ考え事をするな」
これらは、からだの姿勢が、こころの状態に影響するってことから、言われていること。
姿勢を変えることで、確かに、ものの感じ方や受け止め方が変わる。
じゃ、姿勢を変えれば、世界全て変わるのか?
というと、そういうもんでもない。
からだを注意深く見てみると、その人の無意識のメッセージを語っていたりする。
むか〜し奥底に埋めてしまった思い、もう忘れてしまった感情。
自分は乗り越えたと思っていた。
もう解決したと思っていた。
でも、本当はそうじゃないんだよ〜と、からだは言っている。
からだは、固有の歪みを作り、見たくないものを隠している。
からだは、微妙にねじれ、こころの痛みを思い出さないようにしている。
それは、Survivalの表現。
いろいろあるこの世界で生きていくための、防衛手段。
からだの歪みは、その人の今まで生きてきた履歴でもある。
その人独自の個性である。
それは、何だか愛おしい。ねぎらいたい気持ちになる。
生きにくさを感じていたのは、自分だけではなかったんだ。。
と、仲間に出会ったような氣持ちになる。
そして、
「もう耐えなくてもいいんだよ」「表現しても大丈夫だよ」
と話かけたくなる。
その言葉は、その相手に言っていると同時に、自分のどこかに言っている。
相手と共に、自分がある。
そして、自分は、からだとともにある。
からだは、自分のパートナーでもあるんだなぁ。
そのパートナーと、コミュニケーションとれているだろうか?