hitokadoh姐さんの身辺雑記

人生は面白い…はず。はり灸師@一香堂 in 神楽坂、好き勝手に綴ってます

鍼灸師主人公の小説『鍼師おしゃあ』読みました

鍼灸師が主人公の小説を読みました。 

笹色の紅―幕末おんな鍼師恋がたり

笹色の紅―幕末おんな鍼師恋がたり

 

私が読んだのは「笹色の紅」の方ですが、文庫になったとき『鍼師おしゃあ―幕末海軍史逸聞』に改題されました。内容は同じです。

鍼師おしゃあ―幕末海軍史逸聞 (小学館文庫)

鍼師おしゃあ―幕末海軍史逸聞 (小学館文庫)

 

幕末〜明治(最後は大正か?)の時代を生きた江戸っ子鍼師おしゃあの物語です。
恋バナあり黒船あり維新あり、予想以上に面白かった!
幕末から明治へと激変していく時世とともに鍼師の立場も変わっていく中で、鍼に対するおしゃあの憂いは、現在へ繋がっていて、うまいこと書いたもんだ、と思いました。

おしゃあの江戸っ子ぶりがかっこいい!鍼師としてのおしゃあもかっこいい!

普段の生活も鍼するときも気っ風がいいおしゃあ。でも、好きな人の前ではとてもかわいいお人なのです。

鍼師の物語ゆえ、ツボの名前、治療の様子、脈診も出てきます。

江戸時代と言えば、鍼灸が医療の中心を担っていた時代。

腕のいいおしゃあはあちこち往診に出かけたり、いろんな人たちがいろんな病でおしゃあが住む長屋に鍼を受けに訪ねてくる。子どもから死ぬ間際の人まで、身分もいろいろな人に、鍼をうつ。

おしゃあは、<銀眼の琢庵>(しろがねまなこのたくあん)と呼ばれた盲人で、評判の鍼名人のたった一人の弟子

琢庵の治療法は、当時の趨勢であった杉山流や石坂流のように弟子をたくさん取っていた流派でなかったため、実に簡略化されたものであった。琢庵いわく、弟子をたくさん取る流派は、弟子の手前どうしても治療法が誰にでもわかるようにハッタリが多くなり、はでやかな分だけ鍼数も多くなるというのである。

鍼数多いのは「ハッタリ」か〜(笑)

明治政府の下で、西洋医学の医師の監督下においてのみ診療が許可され、鍼治灸治が排除されるような通達が出ます。そんな中でのおしゃあの憂い。わかってるな〜。

 おしゃあは、病人を見て、むずかしい病気の名前をつけたりしない。(略)大切なことは病名をつけることではないと思っている。病状を見て、それにあった治療をするだけなのだ。(略)

 もし本当に今後、まったく考え方の違う西洋医学の監視の下でしか、鍼を打てなくなってしまったとしたら、たとえ鍼という形は残ったとしても、鍼本来の持つ効果をあげることはできなくなるだろう。

 おしゃあが心の底で危惧するのは、次第に表面化しはじめている西洋医と鍼灸医の奇妙な分業であった。(略)やがて鍼灸師の元には、肩こり腰痛の患者しか来なくなり、様々な病に対応できるはずの鍼の技術は、そのうちどんどん消滅していってしまうことを意味しているように思われた。

晩年のおしゃあが弟子たちに言った言葉も「THE 職人」って感じ。

 「鍼の技術はね、おまえさん方は開けぬと馬鹿にするかもしれないけど、筋道立てて説明することはできないんだ。だからってあやしげなものとも違う。塗師だって、錺職人だって、てめえのやってる仕事をいちいち筋道を通して説明してみろ、って言われたところで、それはできやしねぇ。でも、だからって、やってる仕事が半端なわけじゃねぇんだ。頭にいくら知恵を詰め込んだってだめサ。一度やってみてうまくいかないと、おまえさんたちはすぐよしてしまうけど、やっぱりいくたびも稽古して、体で覚えなきゃ」

知識だけじゃ鍼は打てぬ、稽古して体で覚えろ!鍼道ですね〜。

巻末に載っていた鍼灸の参考文献はこちら。結構ありますね。

鍼灸極秘抄」 木村太仲
鍼灸重宝記」 本郷正豊
「臨床経穴図」 木下晴都
「杉山流三部書」 杉山和一
鍼灸の医学」 長浜善夫
鍼灸医学精義」 坂本貢
「石坂流鍼術の世界」 町田栄治
「お灸で病気を治した話」 深谷伊三郎
「脈力気力健康全書」 角貝醸計

鍼灸治療については、駒込ハリニックの塚原正樹先生のご指導、だそうです。

韓国ドラマには「ホジュン」(しかもキャスト変えて何回もやってます)とか「馬医」とかありましたが、日本って鍼灸ドラマ、まだないですよね?

「鍼師おしゃあ」ドラマ化されないですかね??求む、映像化!!

 

人生は面白い。

 

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