読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

hitokadoh姉さんの身辺雑記

鍼灸師、心に浮かんだこと、あれこれつづります。

「ご縁」

心のつぶやき 日記

先日、初診でいらした患者さん。私の友人の紹介でお見えになりました。

鍼治療は初めて、とのこと。

以前から鍼には興味があったけれど、なかなかピンと来ず。
お知り合いの方から、一週間くらい前に私の友人を紹介され、神楽坂での出張治療のことを聞いて、ご予約をいただきました。

理由は、私の友人が好印象だったから。

もちろん、私の友人を紹介された元のお知り合いの方がとても良い方、というのが前提ですが。

ことある毎に、いろんな場所で、いろんな時と場合で、「ご縁」と言われますが、本当に「ご縁」ですね〜。

「ご縁」とか「繋がり」って、あるけれど実体はないですよね。
目で見えないし、触って確かめることもできない(中には、実際見えて触れる方もいらっしゃるかもしれませんが ^^)。
でも確かに在る。

こうしたから絶対「ご縁」ができるってものでもなし。
「ご縁」作るために〇〇するっていうのも違うし。

そういう意味では、いのちと似ているな〜、と。

根本の根本の大原則、法則はあれども、人間の了見から出たことは小手先に過ぎず。
最後は、お任せ…カッコよくいえば「大いなる委ね」が仕上げるっていう風な。

かといって、人間の了見が無駄ってわけでは無いですが。

天と人との協働創作、でしょうか。

「治療」もそうかな…と思っております。

f:id:hitokadoh:20170422144940j:plain

 

 人生は面白い。

最近ハマっている神楽坂のパン屋

食あれこれ 日記

今年、神楽坂での出張治療を始めたので、必然的に神楽坂界隈のお店をよく利用するようになりました。

パン屋といえば、友人に教えてもらった亀井堂を利用することが多かったのですが、最近ググって見つけたのがドイツパンのベッカー

1階に「Dolce Vita」という食材店があるビルの3階に、そのパン屋はあります。

Dolce Vitaの脇にビルの入口があって、こんな風に看板が出てます。
f:id:hitokadoh:20170417223031j:plain  f:id:hitokadoh:20170417223017j:plain

ガラスのドアを開けて奥に入って行くと、突き当たりにエレベーターがあり、3階へ。

3階のパン屋の入り口も、パン屋っぽくなくて、初めて入るときは躊躇しました(^^;;

いかにもこだわり職人的風貌のご主人が一人でパンを作っています。
強面で無愛想に見えますが、お話するとダジャレ言ったりして、結構オモロいおっちゃんです(^^)

初訪問のときは、プレッツェル、タマゴパン、ロッゲンブロート(ライ麦パン)を購入。
ロッゲンブロートは大きかったのですが、ご主人曰く、冷蔵庫で保存すれば2週間は大丈夫とのことだったので、買いました。
どれも美味しくて、すっかりファンになってしまいました。 食べログでも人気のプレッツェルは鉄板で美味しかったですが、ロッゲンブロート買ってよかった!食べ応えがあって、粉の味も好みで、すごい満足感がありました❤️

下記の写真は、2回目のとき買ったもの。王道プレッツェルと、初食ツォプフ。
ツォプフは、プレッツェルより柔らかめ。確か「食事パン」と書いてあったような。
f:id:hitokadoh:20170417230713j:plain

先週は、ババという、ラム酒がたっぷり染み込んだふわふわのパンを、お土産に買って帰りました(写真なし)。袋開けたら、ラム酒が下に溜まっているくらいたっぷりで、お酒弱い人は酔いますね〜。

これはこれで美味しかったけれど、私は固いパンの方が好きかな。

当分通いそうな勢いで、ハマってます!

神楽坂へお越しの際は、寄ってみてください。

ベッカー 神楽坂店 11:00〜20:00営業、火・水お休み
 

人生は面白い。

日常にひそむチカラ

日記 心のつぶやき

昨日の、ある勉強会(?)でのこと。 

スピーカーの女性の方が、言いました。
「加害者になりたくない。なぜなら、被害者になりたくないから」
そして、「これって結構難しいんです。」とも。

そうですね…
生きているってこと自体、ある意味、誰か・何かの犠牲のもとに成り立っています。

例えば「食べる」という行為もそう。
植物、動物のいのちをいただいて、私たちは生きています。

ここ日本において、私たちは豊かな食生活の恩恵を受けています。

街では、いろんなお店でいろんな国の料理を楽しむことができます。スーパーでは、世界中の食材を買うことができます。

当たり前のこと、日常のこととなっていますが、よく考えたらすごいことです。

その豊かさは、奇跡的なバランスの上に成り立っているもので、状況が変化すれば簡単に壊れてしまうガラスのような豊かさでもあるのです。

「日本が食料危機に陥る理由がいくつかある」そうです(10年以上前の話として聞いたので、今は違っているかもしれませんが)。

一つは、中国が日本と同じくらい豊かになったら、日本へ食料が回ってこなくなる。

あと、インドも。

もう一つは、アフリカ。
未だに内紛が勃発しているアフリカは、まだマーケットとして認識されていない。
アフリカが平和になり、世界中からマーケットとして注目されるようになったら、日本に食料が回ってこなくなる可能性がある…とのこと。

「だからといって、アフリカが平和にならなくてもいい、というわけでは、もちろんありません!」

日本の豊かさ自体、誰かの犠牲によってもたらされている…とも言えます。

「加害者にならない」日常を追い求めると、今までの日常とは違う選択をせざるを得ないケース、あります。

毎日食べているものは、

誰が作っているのか?
どこで作っているのか?
どのように作っているのか?
どのように運ばれて来ているのか?

食べ物以外にも、今使っているものたち。石鹸・服・化粧品・シャンプー・トイレットペーパー・タオル・食器 etc.

結構たくさんありますよね〜。

だからこそ、毎日の生活をどういう風に思い考え、送っているか?…ということが、私たちが想像している以上に大きなチカラになるのかもしれません。

何を食べるか?
何を使うか?
何を作るか?
何を買うか?
何を話すか?
何を行動するか?

選択する基準は別に「加害者にならない」でなくても構いません。。自分にしっくりくるものがあるはずです。

惰性でなく、催眠状態でなく、盲目的でなく、

意識的に、目を覚まして、
自ら考え、決める、
選択する。

それで、たぶん、世界は出来てくる…はずだよね。

f:id:hitokadoh:20170408095729j:plain

人生は面白い。

『沈黙』で溺死しかけた

日記

ずっと観たかった「沈黙ーサイレンスー」、観てきました。

chinmoku.jp

長いと感じられない2時間41分。

初っ端からキリシタン弾圧の拷問シーンで始まります。

胸が痛くて苦しいのは、数々の拷問シーンのせいではなく(多少そのせいでもあるけれど…)、人の弱さ、ずるさ、残酷さ、傲慢さと、人の中に確かにある神々しさの間で、大きく揺さぶられて溺れかけていたからだ。

ある出来事を思い出した。
30代前半にあるきっかけで参加していた勉強会。お隣に座っていた女性が、私の話(何の話かは覚えていない)を心を傾けて聞いてくれていて、何かの文脈で言った一言「私たちは、神様ではないから」に、えらく「救われた」と思った。

おそらく、神の大きさ、深さ、広さは、人である私がいくら感じても考えても想像しても、それらを超えているんだろう…と思う。

殉教したものは英雄として語られ、棄教したものは裏切り者として語られる。
それらも、人の目線でしかない。

棄教した神父ロドリゴが最期まで生きた様に、「キリスト」なるものを感じた。それは、彼の中に、確かに「神」が生きていたから。

胸が痛くて苦しくて、哀しくて絶望的で美しくて、永遠過ぎて、溺死しかけた2時間41分。

全ては沈黙のなかにある…

 

原作未読なので、読んでみます。

 

人生は面白い。

昨日の怯えと恐れ

日記 心のつぶやき

昨日、「はり灸 一香堂、リピーター割と30日間集中コースを設定しました」という告知をブログにアップしました。

hitokadoh.hatenablog.com

 

こちらのhitokadoh姉さんブログは「個人的つぶやき可」と勝手に決めているので、ちょっとぶっちゃけます。

「集中コース」を作ろうと思った経緯はこちらに書いたとおりなのですが、いざそれを書こうとすると、いろいろ抵抗…というか葛藤…というか、なんかそんなものが湧き上がってきて、思ったより書くのに時間がかかってしまいました。

とかく、鍼灸のことを告知するとき、その葛藤は起きてくる。

「私がこんなこと書いていいのだろうか?」「まだまだ途上の私が語っていいのだろうか?」

誰だかわからない、見えない相手の影に怯えつつ、書く。

ま〜分析すれば、「それは〇〇が原因です」、「あなたの中のShadow(なぜか英語w)が…」ウンタラカンタラ・・・と出てきて、「ソレらを解消するためには・・・」と種々様々な解決法が世の中には溢れているのでしょうが。

自分の怯えや恐れを感じつつ何かするのは、そう悪くない。

怯えや恐れが出てくるってことは、ある意味、それが私にとって大切なもののひとつだっていうサインでもあるわけで。

怯え、恐れを感じつつ、それらで「深刻ぶって重くなる」自らの傾向を眺めながら、書く。

って修行みたいだな〜。

「変なプライドは捨てた!」なんていろんな人に話していたけど、「ええかっこしぃ」私はまだまだ健在です。

でも、それでいい、と思う。

それがいい、と思う。

ときには聖人になって、ときにはズルい奴になって、ときには勇者になって、ときにはチキンになって、ときには大笑いして、ときにはぐずぐず弱音を吐いて、ときには飛び抜けて、ときには這いつくばって、いろいろ変幻自在に移りゆくじぶん。

そんな私がいい、と思う。

f:id:hitokadoh:20170331112405p:plain

人生は面白い。

鍼つながりで、石原慎太郎に出会う

はり灸 日記

ある友人から、「鍼灸のことが書いてあったから」と本を貸してくれました。

石原慎太郎の『老いてこそ人生』。
 

本に書かれていたのは、あの岡田明祐先生のことでした。

以下引用(強調引用者)。

この人の凄さは鍼を打つ技や灸を据える技が素晴らしいなどというよりも、人間の体の奥の奥に潜んでいる可能性を熟知していてそれを複合的に駆使して病いを治すという、摩訶不思議というか、神業ともいえそうな治療を行う名人中の名人でした。

一時間ほどの治療を受けると自分の体が、内側のどこそこからさわやかな風が静かに吹き起こって体中に広がって行くようにリフレッシュ、というより再生されていくのがわかりました。

ふぇ〜、かっこいい!!名人の鍼は、技も人も超えるのですね〜。

鍼灸学校で、そのご子息である岡田明三先生から直接教えていただいたことは貴重な財産だな〜と、改めて思いました。

そして、明祐先生のことを書いてあるところだけ読んで返すつもりだったのですが…

老いてこそ人生』読み始めたら、思いのほか面白い!

石原慎太郎氏といえば、石原裕次郎の兄で、『太陽の季節』(読んでないし)の作者、そして元東京都知事・・・くらいの認識しかありませんでした。

断食(石原結實先生のことも)してたり、野口整体やっていたり。身体感覚も素晴らしい方だったんですね。

会見とかで見る「太々しさ」からは想像しえない、細やかな感性に、ちょっと驚きました!

友人が貸してくれなければ、絶対読まなかったでしょう。

今更ながら、石原さんを見る目が変わりました。

これも出会い、巡り合わせですな・・・

 

人生は面白い。

「一香堂」のロゴ

日記

タイトル画像に、「一香堂」のロゴを使用しました。

画像入れるとタイトル文字が白抜きになり、若干読みにくい感じではありますが、ま〜いいでしょう。
html設定がよくわかりませんので、このままで行きます!

こちらのロゴ作成ストーリー(ってほど長くないのだけれど)、こちらに書きました。

 

人生は面白い。