毎度おなじみのビデオニュースで視聴した吉見俊哉氏の話が興味深かったので、『大予言 「歴史の尺度」が示す未来』を読みました。
馴染みのない分野のせいかなかなか読み進めるのが難儀でした。が、あちこちに興味深い事柄が散りばめられておりました。
Amazonのレビューを見ると、とんでもない浅はか理論だとコメントもあります。
学術的に正しいか?というのは大切ではありますが、新しい視座を与えてくれるっていうのが読書の醍醐味ですのでね…
そういった意味では、今という時代を見るための「歴史のメガネ」という、文字どおり新しいメガネを与えてくれました。
歴史を学ぶとき、大概は直線的。昔から現在へ一方向の流れ。イベントの羅列。
でも「歴史は繰り返す」と言われるように、回っている方向もあるのだな、と。あるリズム、サイクルで循環している螺旋。
当然のことだが「歴史」と一口に言っても、実に様々な要素が絡み合って「歴史的」イベントは起きている。政治的理由、経済的理由、人口学的(生物的も含む)理由、宗教的理由、等々。
思うに、歴史を多面的に見れる語れるのは歴史の「専門家」でない人たちでなかろうか?
あまり本筋ではない部分なのだけれど、興味をそそられたのは江戸時代に関すること。
薩摩や長州が明治維新の中心的な役割を果たしたのは、その地方に若い人口が多かったから。
1721〜1846年の間、北陸地方、中国・四国・九州の西南地方では20パーセント以上の人口増加に対し、東北や関東、近畿地方は10〜20パーセントの人口減少という、人口増減の地域差のせいだったとは。
格差は家族形態にもありました。近代の西日本、中世の東日本という具合。
西日本ではすでに江戸時代に近代的な直系家族に近い家族形態が実現しており、江戸時代の西日本の結婚年齢はおよそ24〜26歳、第一子出産年齢は25歳頃と、近代日本とあまり変わらない。
対して東日本は、女性は15〜18歳で結婚、17歳くらいで第一子出産。家族形態は中世以来の一族郎党を集めた大規模な家が多く、奉公人や郎党のような人々が含まれていた。
その後、江戸時代を通じて西日本型の家族形態が主流になっていくわけですが、その結果既婚率が上昇。木曽最南端の信濃国湯舟村の資料を調べた鬼頭宏によれば、1675年の既婚率は男54パーセント、女68パーセントと半数の男性が未婚であった社会が、1771年の既婚率は男70パーセント、女86パーセントに上昇しています(『人口から読む日本の歴史』)
。
日本の近代は明治からというのが一般的なんでしょうが、江戸時代から近代的なるものが見えてきているのは面白いです。
念のため、こちらの本の本筋も書いておきますね。
二五年単位を核として、一五〇年、五〇〇年といった長期の尺度も用いながら、歴史を構造的に捉えていく。この三つの尺度を駆使すれば、今後、世界が辿る道筋が見えてくる
という本です。
日本をみると1970年が戦後の経済成長の飽和点。
25年後の1995年は、拡張→縮小に転換した日本社会の危機が誰にでも理解できる状況になったとき。
次の25年後は2020年、東京オリンピック開催年。ポスト・オリンピックが転換点になることは間違いなさそうです。
「成長拡大がいいことだ」という頭はもう捨てないとダメですね。
広がっていくより、循環させていく。循環、リサイクルがキーワードでしょうか。
これは映画『おだやかな革命』でも描かれていた世界ですね。
新しい時代の萌芽はもう出てきてます。
人生は面白い。
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