あの3.11から6年経ちました。
先ほど友人からのメールで、去年の3.11は写経をしたことを思い出しました。
今年は、どこに出かけるでもなく、読みたくて積んでいた本を2冊ほど読み進めた一日でした。
そして、いつも部屋に線香をたくのですが、今日は3時ごろに、線香だけでなく、なぜだかロウソクの火が見たくなり、家にあった和ロウソクを灯しました。揺れるロウソクの炎を、ただぼんやりと眺めていました。
今思うと、あれは祈りだったのでしょうか?
その時は、3.11のために・・・などと意識にも登らなかったのですが、私の無意識が反応していたのでしょうか?
思えば、2011.3.11は大きな転機だったと言えます。
私の中に、いろいろな氣づきをあたえ、いろいろな目覚めを起こし、いろいろなものと直面させてくれました。
私の中の最高と最低。目もくらむ美しさと反吐が出る醜さ。女神のような優しさと悪魔のような卑劣さ。
どれもみんな自分なのだ、と。
優劣つけることなく、どれもみんな愛しく大事な私なのだ、と。
あれから、私は、より広くより深いヒトとなっているだろうか?
こういう言葉、誤解されるでしょうか。
でも、あえて言いたいのです。
「3.11が起きてくれてありがとう」
喜びと悲しみと、笑顔と涙とともに。
人生は面白い。