hitokadoh姐さんの身辺雑記

人生は面白い。一香堂のはり灸師、あれこれ綴ってます。

あなたと私は違っている、だけ

心配するのは状況のせい、と以前は思っていました。だから、いろいろ心配事がある人には、力にならなければ…と人知れず思っていた時期もありました。

でも半世紀生きていると、状況が心配の原因ではないんだ、とわかってきました。

それは、ヒトの傾向、個性なんだね。

簡単に言うと、雨が降っても晴れてても、言うことは同じ。
「こんなに雨が降ったら〇〇になっちゃう。どうしよう…」
「こんなに晴ればっかりじゃ△△になっちゃう。どうしよう…」

お天道様のことは自分にはどうにもならない(中にはどうにかできる方もおられますが)。自分ではどうにもならないことを憂いて、心配する。

遺伝子レベルで見たら、心配性はしごく真っ当なのかもしれない。

野生では用心深く危険を怖れることが、生き残りの一つの条件に挙げられるだろう。

正しく恐れて心配した種が生き残って、今のヒトになってきたのなら、心配性は、その遺伝子が活性化している、とも言えるか。

私なぞはそういう人をみると、そんなに心配するエネルギーがよくあるな〜と感心します。

が、あれこれ心配することでエネルギーを得ている人もいるようなので、使うばっかりではなさそう。

ホント人は様々ですね。

人は千差万別。人は違っていて当たり前。

今朝見たリツィート。

 違っているのが当たり前だから、当然反論は起こり得る。日常茶飯事に起こり得る。

それを「排除」として感じる…

だから苦しくなるんじゃないかな。
だから痛いんじゃないかな。

「排除」は自分の世界を狭くする。
「排除」は分断を生む。

ただ、違っている。それだけでいいじゃん。

 

人生は面白い。