一香堂(ひとかどう)の身辺雑記

人生面白がろう😆一香堂はり灸師@神楽坂の雑記帳

『神話の力』 Vol 4 ー 至福を追い求めよ


『神話の力』 ジョーゼフ・キャンベル × ビル・モイヤーズ Vol 4 死と再生

「死と再生」というタイトルなのに、キャンベルが熱く語っているのは「至福」についてです。不思議に思っていたら、原題は“Sacrifice and Bliss”(犠牲と至福)でした。

人は年を重ねるにつれ周囲から課せられる要求があまりにも大きくなって、自分がどこにいるのか、何をしようとしていたのか、わからなくなりがちです。・・・・・しかし、自分にとって無上の喜び、至福というものを追い求めるべきなんです。 (5:53)  

 

狩猟文化において犠牲が捧げられる場合、それは、自分たちのために何かをしてくれたり与えてくれたりする神への贈り物のようなものです。一方、農耕文化において誰かが犠牲になる場合は、犠牲になるその人は神なんです。 (17:45)
犠牲になることは人生の勝利である、というのが、古代の「犠牲」の考え方の本質です。 (18:55)  

現在、犠牲がマイナスのイメージに捉えがちなのには、「肉体=自分」という意識に変化してきたからでしょうか…

自分と他人が別々に見えるのは、私たちの感覚が時間と空間に縛られているからに過ぎません。人間の本質はすべての生命との一体性、融合の中にあります。この一体感というものは、私たちが自然に実感できるものです。なぜなら、それは人生の本当の真実だからです。 (22:51)

この真実から、人は、人を守ろう、助けようと行動するのだ、とキャンベルは言っています。

母性の自己犠牲の話 (25:16) に続き、結婚における犠牲についても語られています。

結婚にも犠牲が伴います。・・・結婚における犠牲は相手ではなく、関係に対して払う犠牲です。ですから、結婚は恋愛ではなく試練なんです。その試練は、関係に対して自我を犠牲にして、二人が一つになることです。 (26:03)

結婚すれば、ある意味自分というものはなくなるんです。・・・・・・・結婚は、2つの卵を割ってオムレツを一つ作るようなものです。個々に独立した存在が犠牲になることで、超越的な結合が生じるという神話的作用です。私たちはふさわしい相手と結婚することによって、神話的世界を実現するのです。 (27:43)

未婚者の私には知る由もありませんが、結婚は神話的世界の実現だそうです。既婚者の方々は、この世界に新しい神話を日々生み出しているってことですね! 

現在の自分は、自分という存在の最終的な姿ではない、ということです。 そして私たちはいずれにしろ死ななくてはなりません。肉体的に消滅して、やがて再生するんです。生命というのは、いつも死と隣り合わせです。・・・でも人は、恐れることなく生きる勇気を持たなければなりません。 (30:15)

「死」を意識することで、生きることがより輝くってことありますよね。死なないと誕生はないわけですから。

人生においてこの上ない喜びや生きている実感、つまり…至福を感じることができるのは、恐怖や誘惑を克服したときだということです。 (35:35)

求めれば、至福に到達します。 (37:45)

「私の存在が妥当なものかどうかはわからない。自分の意識が完全なものかどうかもわからない。でも、私の歓喜がどこにあるかはわかる。だから歓喜を手放さずにいれば、それが私の存在と完全な意識をもたらしてくれるだろう」とね。 (38:52)

日々いろいろな体験をするなかで、ふとわかる瞬間があります。自分の喜びは何かが、直感的にわかるんです。それをつかむことです。それは他人にはわかりません。自分自身で見極めるしかありません。 (41:45)

こう信じるようになりました。至福を追い求めれば、私たちは始めから、自分が進むはずだった道を進むようになる。そしてどういうわけか、自分が送るべき人生を送るようになるとね。
至福の世界にいる人々と知り合うようになると、彼らはあなたのために扉を開けてくれます。ですから、恐れずに至福を追い求めるんです。そうすれば、思いがけないところで扉が開くでしょう。 (42:20) 

至福という永遠の命の泉は、いつでもどこにでも見つかるんです。(43:20)

 「至福」「喜び」が、自分の生きる道を案内してくれるなんて、素敵です!喜びを追求しましょう!!

 

人生は面白い。