読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

hitokadoh姉さんの身辺雑記

鍼灸師、心に浮かんだこと、あれこれつづります。

今朝の気付き

日記 心のつぶやき

今朝、新たな習慣となりつつある「みたからの入口」をやった後、いのちの流れを感じたくて、しばらくそのまま横になっていました。

いのちは、必要なところに流れる。

その言葉どおり、今朝はその流れを感じました。今日は、特に右半身、足から上って肩辺りまで。ビュンビュンと、上っていっておりました。途中、その流れが鼠径部あたりで二手に分かれ、左側の体幹部にも流れてきました。左の肩関節に来たところで、鈍い痛みを感じました。そこの部分のチューブが何かに阻まれて、少し狭くなっているような。

しばらく、その痛みを観察していたら、阻まれた流れがどんどん水圧を上げていき、狭くなったチューブを拡げようとしている感覚。何かも一緒に流すくらい水圧が高まったところで、痛みは、フッとなくなりました。そこのチューブの流れも、よくなりました(あくまで、イメージです)。

治療を学んでいると、いかにこの痛みをとるか、というところに注目します。患者さんの痛みを、どうやって失くすか?いかに早く、痛みを取り去るか?

いつの間にか、痛みを「忌むべきもの」と思っている自分に氣がつきました。

「痛みも、からだからの大事なメッセージ」と思っていたんだけどね。忘れていました。

痛みは、回復していく過程においても起こるのですね。

痛みを早く失くす、もちろん大事です。同時に、痛みを感じきる(または、対話する)ことで得るものも、あります。

優しさ。自己肯定感。充足感。ありがたや〜感。

痛みの原因を探ること、もちろん大事です。
今までは、事情聴取っぽくなっていたようなので、これからは、対話でいきますわ。

とまあ、今朝感じた痛みから、あれこれ氣付きが生まれました。

いのちは、あたまや心にも、流れるのでした。