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hitokadoh姉さんの身辺雑記

鍼灸師、心に浮かんだこと、あれこれつづります。

2009年も暮れ

気づけば、12月も30日。
2009年もあと2日である。

年をとるほど1年が短く感じる、とよく言われるが、今年は小学生並み(?)に1年が長かった。。ような気がする。

2009年の正月のことがずっと昔のことに感じる。
数年前のことを思い出すような遠さ。

きっと、たぶん、かなり、ずいぶんと
充実していたんだろう。アクティブだったんだろう。

数秘術の「8」の年らしかった、ともいえる。


さてさて、空気は既に2010年がやってきている。

若干の不安感、閉塞感もありつつ、しかし、それにもまして、新しい空気を感じる。

私にとっては、「9」の年で、ひとつのサイクルの締めになる。
まだレビューに入るにはちと早いが、このサイクルは、いろんなものを外していって本来の自分に戻っていく過程だった気がする。

2010年は、その途上で得た糧を十分に自分の細胞にしみこませ、天性の一部にしていこう。



で、話は突然、「柔軟性」について。

今月は、自分のなかで浮上してきたテーマが「柔軟性」だった。

自分に対して、もっと柔軟性があるはず、と思っていたのだが、「うあ〜頭固くなっている!」と突きつけられることがあった。

現実に起こる葛藤とか、感じる違和感とか、それらの真っ只中にいるときって、外部(人や環境)をどうにかしようとする。

実は、自分の柔軟性の問題がそんなザラザラ感を助長していたりすることに、気がついていなかった。

思い・信念もあまりに固執すると、岩になる。
大切だからこそ、固執してしまうのだが、大切なものが故に、自分が頑なになっていることに気がつかない。

大切にしていたつもりが、逆に、自分で握りつぶしてしまっている場合もある。

大事だから守る → 力が入る  緊張状態  不和  戦闘勃発

こんなんでぐるぐる回った私の12月。
(注:エネルギーレベルの話です。戦闘が現実化してわけではありません。)

ああ〜、エネルギー無駄使い・・・
MOTTAINAI

こういうときは、からだも本当に固くなっている。
ヨガが助けになった。

からだの柔軟性は、思考・感情の柔軟性に少なからず影響していたりする。

昔、「悩んだら走れ」みたいなことを言う筋肉バカ(失礼!)がいた。
そのときは、「はいはい」と流していたが、今になって、「そんなもんかも」と屁理屈コネ美の私は同意している。


今月の教訓:

「悩んだときこそ、からだを動かせ」
「柔軟性は一日にしてならず」


皆様、よいお年を。