hitokadoh姉さんの身辺雑記

鍼灸師、心に浮かんだこと、あれこれつづります。

いのちのセミナー (2)

(前回より続き)

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第二部は、井上ウィマラさんが、「仏教瞑想とストレス緩和」についてご講演された。

私はウィマラさんを存じ上げなかったのだが、ヴィパッサナー瞑想で有名な方だそう。
隣の席の方はウィマラさんの瞑想会に出られたとかで、「とてもよかったですよ〜」とおっしゃっていた。本も買って、サインしてもらっていた。


西洋仏教における瞑想は、マインドフルネス瞑想と呼ばれている。

ジョン・カバットジンは、1979年、マサチューセッツ大学医学部にマインドフルネス瞑想に基づいたストレス緩和クリニックを設立。
1995年には、Center for Mindfullness in Medicine, Health Care and Societyが開設。
そこでは、頭痛、高血圧、慢性疼痛、心臓疾患、癌、エイズなどの患者に対して、瞑想やヨガを取り入れたプログラムを提供している。

東洋的瞑想に心理的な訓練を織り込んだマインドフルネス瞑想は、座禅とかヨガの瞑想に比べて、確かになじみやすいかもしれない。


実際、瞑想の実習もやった。
3分間ほど目を閉じた普通の瞑想、一粒のレーズンをゆっくり食べる瞑想、歩く瞑想(実際は、スペースの関係上、ゆっくり足踏みをする)。

印象的だったのは、レーズンの瞑想。

一粒レーズンを手にとり、視覚、嗅覚、触覚でよく観察する。
レーズンをゆっくり口に運ぶ。
レーズンが唇に触れる瞬間、口に入れた瞬間、舌に触れた瞬間を意識してみる。
ゆっくり噛んで、味、匂いを体験する。
飲み込む瞬間も味わう。

レーズン一粒をあんなに時間をかけて食べたのは、初めてだった。

掌の上のレーズン一粒の重さをしみじみ感じた。
唾液が出て、口の中に広がるのを感じた。
レーズンが、唾液で膨らむのを感じた。
唾液と混ざったところで、レーズンの匂いや味を感じた。
奥歯が、レーズンをすりつぶすのを感じた。
固体だったレーズンは、次第に形をなくし、喉の奥に落ちていった。

たかが「食べる」という行為のなかに、いっぱいの不思議と奇跡がある。


ウィマラさんは、「こころをこめる」という言葉を使った。

全ての行為に「こころをこめる」ことで、瞬間瞬間を生きる。


今、ちょうど、ケン・ウィルバーの「インテグラル・スピリチュアリティ」を読んでおり。
今回の有田先生とウィマラさんのセミナーも、まさしく、科学とスピリチュアルの統合だった。
3,000円で、こんな充実した内容なんて、贅沢な午後だった。