hitokadoh姉さんの身辺雑記

鍼灸師、心に浮かんだこと、あれこれつづります。

ご先祖

先月から、伊勢白山道式の先祖供養を始めた。

伊勢白山道さんのブログは、今年の初めごろ教えていただいた。
精神世界系ブログのアクセスNo.1だそうだ。最近、2冊目の本も出版された。

初めは、やたら先祖供養の話が出てくるので、何もかもを供養に結びつける、よくいる霊能者の類かと思った。
私の両親も、「ご先祖供養大事」な人たちなので、耳新しいことではない。
「また、供養さえしてればOKってやつか??」

当初は若干の抵抗感をもちつつ、時々ブログを読んでいた。
私は日本の神様に関してあまり知らないので、書かれていることがよくわからないことも多い。

そのブログの影響か(?)、初のお伊勢参りに行くことを思い立ち、今月無事参ってきた。

伊勢参りを思い立ったころから、先祖供養も自然発生的に始めた。
先祖供養といっても、3本のお線香と「生かして頂いてありがとうございます」と唱えるという、とてもシンプルなもの(詳しくは、伊勢白山道ブログを参照のこと)。

伊勢白山道さんも書いているが、感謝想起が大事なのだ。

現実社会に生きていると、いろいろある。
不快なこととか腹立つこととか悩むこととか。

私も、内容は忘れたが(ということは些細な)ある事についてぐじぐじ悩んでいたときに、「でも、ホント、生かして頂いてありがとうございますだよなぁ」と脈絡もなく心に浮かび、なんだか気分だけは晴々としたことがあった。

このときは、自分でも可笑しくなった。

先祖供養をすることで、自分の家系の迷える霊が成仏されるとか、そういうことはあるんだろうけど(この辺はうちの母親が詳しいが)、私はわからない。
しかし、先祖供養が、自分が今ここに生きていることの有難さを思い出させることはあるかもしれない。

ご先祖といえば、ひとつ面白いワークがあった。
昨年の秋に参加したBIPS主催のバイオエナジェティックのワークショップの最後にやったやつ。

両親にあげたいものを外で探してきて、感謝をしつつ、彼らの意図や制限から自由になって、新しい自分自身に生まれ変わる、というようなワーク。
両親をはじめ、そのまた両親と、どんどんさかのぼっていって、連綿と続くご先祖たちの光のトンネルを抜けて、新しい自分自身に生まれ変わるのだ。
(言葉では説明しづらいが、ドラムのリズムのなかで、講師先導のアクティブ瞑想+儀式な感じかな・・)

そのときの講師は、フランス人のクリスチアンとフランソワ・レビン夫妻。
フランス人から、ご先祖という言葉が出てきたこともびっくりだった。

そのワークでも、いかに多くのご先祖がいて今の自分が存在しているか、という普段は忘れてしまっていることを、思い出させてくれた。

人は、存在していることの大切さを感じることもなく、生きている。
存在していることの有難さを忘れ、いろいろ悩み、愚痴り、嘆く。

時には悩んで哲学的思考をすることも面白いが、それにハマって、悲劇の主人公になってばかりじゃ、人生楽しくない(なかには楽しく感じる人もいるかもしれないが)。

そんなときは、やっぱり先祖供養か!?
すべては「ありがとう」に始まり、「ありがとう」に終わる。